
皆さん、こんにちは!ベック(@beck1240)です。
ええ、皆さんの言わんとすることは分かります。
週刊アシタノが1ヶ月単位だと、週刊なんだか月刊なんだかわかんないですよね。
ともあれ、11/6〜12/10の約1ヶ月分の週刊アシタノ、行ってみましょう!

皆さん、こんにちは!ベック(@beck1240)です。
ええ、皆さんの言わんとすることは分かります。
週刊アシタノが1ヶ月単位だと、週刊なんだか月刊なんだかわかんないですよね。
ともあれ、11/6〜12/10の約1ヶ月分の週刊アシタノ、行ってみましょう!
こんにちはー。「今、夢に生きる」のはぎたかしです。
私の連載は、お金のことをテーマに扱っています。
今回は、「節約」について。
お金にまつわる本を読むと、必ず次のような話が出てきます。
お金を貯める方法は3つしかない。
(1)収入を増やす
(2)支出を減らす
(3)お金に稼いでもらう(運用の利率を上げる)
この中で、一番やりやすいのは(2)の支出を減らすことだ。
収入を増やすのはすぐには難しいし、お金に稼いでもらうのもまとまった元本がないと効果が薄い。
だから、まず支出を減らすことから始めよう。
どこかで似たようなフレーズを読んだことがあるんじゃないでしょうか。
そして「よし、節約だ」となるわけです。
私も、いろんな節約の方法を試してみました。
食費を抑えてみたり、水道や電気代を気にしてみたり、衝動買いを抑えてみようとしたり。
本当にいろんなことを試しました。
節約のテクニックはちょっとググれば、もう百花繚乱。
あらゆる方法が出てきますので、この記事でいちいち取り上げることはしません。
ただ、通常の記事であまり触れられていない大事なことを書いておきたいんです。
それは、「我慢の多い生活をしていると、節約は難しいし、お金も貯まりにくい」ということ。
残業が多い、仕事でのストレスが多い、時期的に子供の夜泣きがすごくて寝不足だ、等々。
毎日生活していれば、我慢することは誰にでもあります。
ただ、我慢の多い生活をしていると、どうしても「自分へのご褒美」とか言ってしまいたくなりませんか?
衝動買いで大きな買い物をドカンとしてしまうケースもあれば、ちょっと一品甘いものを付け足して…とちょこちょこと買ってしまうケースも。
「意志力は有限」という話もあったりしますが、きっと人間、我慢できる量にはキャパがあるんでしょうね。
そして、我慢した分をどこかで取り返したくなってしまって、そのはけ口が「お金」に出てくる。
自分へのご褒美にちょっといい食べ物を…これは「食費」に使っているんじゃないんです。
「ストレス対策費」なんです。
自分が節約できなかったときのことを振り返ると、実はこの「ストレス対策費」が多かったです。
ただ、当時は(今よりもマメに)家計簿をつけていたものの、自分としては「食費だ」と思っていたので、なかなか気づけませんでした。
「食費が多いような気がするけど…なかなか減らせないなぁ」なんて思っていたんです。
違ったんですね。
「我慢の多い生活をしていたから、食費のフリをしてストレス対策費がかなり混ざりこんでいた」のが問題だったんです。
今思えば、当時の自分が目指すべきは、ストレスの多い仕事スタイルからの脱却でした。
ストレスの少ない状態で仕事ができるようになって、心底そう思います。
今日は、ちょっとした体験談をまじえながら、あまり触れられない節約のコツについて書いてみました。
節約というと、どうしても細かい話というか「洗濯機をドラム式に変えれば水道代が年間4,890円分オトク」といった話になりがちです。
けれど、「節約できないなぁ」「お金が貯まらない」と感じたときには、ちょっと考えてみてはいかがでしょう。
今、ストレス対策費として使っている金額が多いなら、ストレスの少ない生活を目指すことが、節約を成功させてお金を貯める方法にもなります。
ストレスの多い環境を変えることはすぐにはできないかもしれません。
けれど、「変えていこう」と思えば、今に比べて改善できるのは間違いありません。
アシタノレシピにも、文字通り、明日を楽しくするレシピがたくさんありますから。
レジスタンスは、なすべきことからあなたを引き離すため、ありとあらゆる手段を講じる。嘘をつき、ありもしないことをでっち上げ、すべてをごまかす。誘惑し、いたぶり、甘い言葉で語りかけてくる。
どうも、「iPhoneと本と数学となんやかんやと」のchoiyakiです。
前回では、習慣化において最も重要であると言っても過言でない、「迷いを生じないようにする」ことについて書きました。
迷いを生じないようにする方法として、毎日継続することを「決定事項」とし、優先的に一日の計画に組み込むことと、連続記録を書き記すことで、それを絶やしたくないという気持ちに後押ししてもらうことを紹介しました。
それを実際に試すことで、「やる」「やらない」で迷うことはかなり少なくなると思います。が、完全に消えるわけではありません。「あぁ、めんどいなぁ」「やりたないなぁ」と感じることはでてきます。
この「抵抗」は、習慣化にはつきもの。「あぁ、めんどいなぁ」「やりたないなぁ」と感じるのは、その行為に対する「抵抗」が目の前に現れてきているんです。
レジスタンス(Resistance)もとは「抵抗」「障害」を意味する。 (by Wikipedia)
一冊の本を紹介したいと思います。「やりとげる力」という本で、習慣化の「敵」はどういうものなのか教えてくれる一冊です。冒頭の引用も、本書からのものです。
「やりとげる力」では、自分の中に生まれる「抵抗」を、「レジスタンス」と呼んでいます。
このレジスタンスこそ、ぼくたちが何かをするとき、何かを継続させたいとき、何かを成し遂げたいときの、強い「敵」としてぼくたちの前に立ちはだかります。
レジスタンスは、いつか必ず顔を出します。どれだけ環境を整えようとも、迷いを生じないよう気をつけても。
大きくて強いレジスタンスにあうときもあれば、小さいレジスタンスが出現するときもあります。レジスタンスは、ぼくたちに甘くささやいてきます。やろうと思うことがあったとしても、やらなくてもいい理由を並べ立てて、迷いを生じさせてきます。
「習慣化のための自己サポート集」の連載にて、これまではこの「レジスタンス」との戦いをできるだけ避ける方法、レジスタンスと鉢合わせしないようにする方法を書いてきました。
でも、どれだけこちらが戦いを望まなくとも、レジスタンスは、いつか必ず前に立ちはだかってきます。それをまずは知っておく。知っているだけで、心構えができますし、対策を講じることも可能になります。
レジスタンスは、神が私たちひとりひとりの遺伝子に刷り込んでくれた人生の青写真を邪魔するもの
レジスタンスは、確かに「敵」なのですが、いつでも現れるわけではありません。「敵」ではあるものの、一種の指標になり得るものです。
どんなときにレジスタンスはあらわれるのか。
それは、やろうとしていることが自分にとって大切なとき。自分の成長に大きく関わるものであるとき。
大切でないのであれば、大きな抵抗にあうことはありません。だって、大切でないことを、抵抗に堪え忍びながら続けるなんてことができるはずもなく、さっさとやめてしまってるから。大切だからこそ、抵抗とやりたいという気持ちの間で葛藤することになる。
「まぁえぇか」と思うようなことは、あっさりやめれるし、やめちゃう。けど、「やりたい」と願うことは、あっさりとはやめられません。やめたくない気持ちが強い。だからレジスタンスは、勢力を増してぶつかってくるわけです。
しようとしている行動が、魂の成長にとって大切であればあるほど、レジスタンスの勢いは強くなる。
大切であればあるほど、自分の成長に関わることであればあるほど、レジスタンスは大きく、強くなってやってきます。
重要なことであればあるほど、レジスタンスは力を増す。
では、いざレジスタンスが現れたときにはどうするか。
やっつけるしかありません。
環境を整え、できるだけ戦いは避け、レジスタンスと鉢合わせしないよう、逃げて逃げて逃げまくる。でも、いざ現れたときは、「やぁやぁ、ついにやってきましたか」と、腹をくくってやっつける。
戦いを挑むなら、自分かレジスタンスのどちらかが息絶えるまで戦い続けなければならない。
そのときに武器となってくれるのは、「これまで継続できてきた」という自信や、「連続を絶やしたくない」という気持ちなど。
ライフハックと呼ばれる方法の数々も、この「レジスタンス」と鉢合わせしないようにすることや、いざ会ったときにどう振る舞えばいいのかを教えてくれます。
「5分だけとりくむ」
「やることを細かく分割する」
「タイマーをセットする」
そういったことのどれもが、ささいでも確かに有効で強力な、「レジスタンス」への対抗策となってくれます。
そして、レジスタンスがどれだけ強そうに見え、目の前に立ちはだかっても、それは見せかけ。たいしたことない。
とにかく「やりはじめること」さえできれば勝てるからです。やりはじめられれば、レジスタンスは急速に小さくなり、気がつけば消えて無くなってくれる。やり始められるか否かが、勝敗の分かれ目です。
「5分だけとりくもう」と考え、着手し始められれば勝ち。
「やることを細かく分割」し、一つ目が実行できれば勝ち。
「タイマーをセット」しさえすれば勝ち。
作家が知っていて、作家志望が知らない事実がひとつある。こういうことだ。大変なのは、書くことそのものではない。書くために机の前に座ることが大変なのだ。
書くために座るのを邪魔するもの。それが、レジスタンスだ。
どれだけ強く見えても、レジスタンスは最初の一発さえ当てればどこかへ去ってくれる。たいしたことないですね。
敵はどんなやつなのかを知っているか知らないかでは大違いです。
知らなければ、あらかじめ対策を講じることはできませんし、いざ現れた時にもどう対抗すればいいかわかりません。
知っていれば、敵と鉢合わせしない方法、やっつける方法を考えることができます。
そして、やっつけるための一番の秘策が、「最初の一発を当てる」こと。
レジスタンスからは、とりあえずは逃げて逃げて逃げまくる。でももし鉢合わせした時には、はじめの一発に集中する。そうすることで、レジスタンスとの戦いに勝利してほしいと思います。
では、お読みいただきありがとうございました。
お久しぶりです。ハックの哲学のイド♂(@idomars)でございます!
「すっきり今年を終えるための整理/掃除術」という12月のお題をBECK兄さんから頂きました。
タスク管理的にすっきり今年を終えるためには、年初に立てた未達成の目標をどのように処理するかが重要な点でしょう。
でももう今年は残り17日しかないので、潔く今年の目標は諦めることをオススメします。ムダなあがきはしないに限ります。
その代わり今回は、来年、同じ目にあわない為の方法をご紹介します。
年末年始に立てる目標はプライベートの目標であることが多いと思いますので、ここではプライベートの目標に話を絞ってお話しします。
まず年初に立てた今年の目標を達成できる人はどのような人か考えてみましょう。
目標を期限内に達成するためにはPDCAを高速で回す必要があります。
長期に渡る目標の場合、目標達成のための計画を立てても、自分をとりまく状況が変わったり、計画を実行してみたら思わぬ落とし穴があったりして、必ず計画の変更、つまりPDCAを回す必要に迫られます。
さらに確実に期限内に目標を達成するのであれば、その頻度が高いことに超したことはありません。
この2つが合わさり、PDCAを高速で回すことが目標を期限内に達成するための前提となるのです。
【PDCAに関してはこちらの本がオススメです。「はいはい、また意識高い人の本ね。。」と思って読み始めましたが、PDCAの見事な体系化に目を奪われ、最後まで一気に読んでしまいました。】
当然のことですが、何をするにもエネルギーが必要です。PDCAを回すにももちろんエネルギーが必要になります。それを高速で回すのですから、必要になるエネルギーも相当な量になります。
よって結論は、「年初に立てた今年の目標を達成できる人は、目標を期限内に達成するためのPDCAを高速で回すために十分なエネルギーを注ぎ込める人」となります。
それでは、どのような条件が揃えば目標達成に十分なエネルギーを注ぎ込めるのでしょうか?
わたしは3つの条件が存在し、エネルギーを十分注ぎ込むには3つの条件の内、どれか1つは満たしている必要があると考えます。
条件1はその人自身が活力に満ちあふれていることです。
活力に満ちあふれているということは、エネルギー総量が多いということです。エネルギー総量が多いので、目標に対しても十分にエネルギーを注げます。
「夢に日付を」と言うような人は、だいたいこのタイプの人ではないかと思っています。非常に行動的で、徹夜なんてへっちゃらというタイプです。
決めた期限を守るためにPDCAを高速で回すエネルギーが十分にあるので、期限を守ることができます。
▼エネルギー総量が多いのでエネルギーが分散しても問題にならない

逆に活力がない人は、日々生きることで精一杯で、目標に注ぐエネルギーが残りません。だから目標を達成できないのです。
▼エネルギー総量が少ないので、エネルギーが分散すると目標達成必要エネルギー量に届かない

条件2は目標が深刻であることです。
その目標を達成しないと生活費を得られなかったり、社員が路頭に迷ったり、大変なことになるのであれば、その目標にエネルギーを注ぎ込まないわけにはいけません。
たとえその人が活力のない人だったとしても、その目標が達成できないと日々生きることもできなくなるのであれば、その目標にエネルギーを集中することになり、結果、十分なエネルギーを注ぎこめるという流れです。
もし目標が達成できなくても問題ないような目標であれば、そのまま放置されることが多くなります。プライベートの目標は大半がこのような目標ではないでしょうか?
条件3はPDCAを省エネで高速に回す仕組みを知っていることです。
上でご紹介した鬼速PDCAなどの効率的なPDCAの回し方を知っていれば、PDCAを回すために必要なエネルギー量は少なくなります。よって、活力がなくエネルギーの総量が少なくても、目標達成に必要なエネルギー量も少ないので、十分なエネルギーを注ぎ込めるのです。
▼目標達成必要エネルギー量が少なくすればエネルギー総量が少なくても問題ない

アシタノレシピで連載されているタスク管理勢の方々はこちらのタイプでしょう。
もちろん活力に満ちあふれていて、なおかつPDCAを省エネで高速で回せるBECK兄さんのような超人もいらっしゃいますが。。。
これで今年の目標を達成できる人の条件がわかりました。
それでは来年の年末に、「また目標を達成できなかった。。。」とモヤモヤする気持ちにならないためにはどうすればいいでしょうか?
「エネルギー総量は天性のモノ。深刻な目標ばかりじゃつまらない。ならば残る道はもちろん、PDCAを省エネで高速に回す仕組みを理解すること、、、」という王道の解決方法は、タスク管理に長けた他の連載陣の方々にお任せして、わたしは別の方法を提案します。
「今年の目標なんて立てるのはやめましょう」
「夢っていうのは、呪いと同じなんだ。 呪いを解くには、夢を叶えるしかない。 けど、途中で夢を挫折した者は、一生呪われたまま…らしい。 」
仮面ライダー555(ファイズ)の有名なセリフです。
このセリフの「夢」は「目標」に置き換えることができます。
「絶対に達成してやる!」という決意と覚悟で今年の目標を決めるならいざ知らず、「こんなことできたらいいなぁ」といった感じで1年間という期限を設けた目標を決めるなんて、達成可能性は限りなく低いのですから、自ら進んで呪いにかかりに行っているようなものです。
とういことでわたしは、今年の目標なんて立てていません。
数年前はわたしも、ビジョンから逆算して10年、1年、3ヶ月、1ヶ月、1週間、1日の行動プランを立てていました。しかし「目標に期限を設ける」ことの以下のデメリットに気付いてやめました。
期限内に目標を達成させるには、高速でPDCAを回すことが不可欠です。
毎日進捗を確認し、毎週振り返りを行い、毎月の月間結果から次の行動策を考える必要があります。
わたしも一時期このようなことをしていましたが、ふと思ったのです。
「なんでこんな仕事みたいなことやってんだろ」と。
仕事上の目標は必達です。必達なら、期限までに必達するために上記のような定型化したPDCAは間違いなく有効です。
しかしプライベートで立てる目標なんて達成しなくても致命的にはなりません。そんな目標に対して「毎週進捗を確認して、、、」といったような定型化されたガチガチのPDCAを回すことがむなしく感じられたのです。
わたしは常に気付いたらPDCAを回すので、定型化したPDCAの中での気づきが少なかったというのはありますが、定型化したPDCAのために時間を取るなら、その時間をもっと自分自身が幸せを感じられる活動に充てたいと思いました。
期限を設けた場合、進捗率がよくない場合、「期限までに達成できるか?」と焦燥感に苛まれることになります。
PDCAを忠実に実践する方は、「期限までに達成できないなら期限を延期すれば良い。それもPDCAのAに含まれる。」とおっしゃるでしょう。
しかしそうやって焦燥を感じたり、期限内必達ではない目標の期限延期の検討という本質的には意味のないことに時間と思考を割いている状態は、はたして幸せな状態と言えるのでしょうか?
わたしは幸せではありませんでした。
世に出回ってる目標達成の手法は、ビジネスの現場で有効な手法をプライベートに適用するとういものです。
だけど、よく考えてみて下さい。確かに共通点はありますか、ビジネスとプライベートでは前提条件が異なります。
ビジネスの目標は期限までに必達です。
プライベートの目標は必達ではありません。
ビジネスの目的は適切な利潤を生み出すことです。
プライベートの目的は幸せになることです。
なぜビジネスという前提条件で有効だった手法が、プライベートというビジネスとは前提条件が違う場所でも同じく有効だと言えるのでしょうか?
ビジネスの目標達成手法はプライベートの目標管理には過剰であり、プライベートの目標に適した目標達成手法は別に存在するのです。
幸せになるために目標を達成したいはずなのに、その過程は幸せではない。それよりも過程も幸せで、目標も達成できる方法の方がよくないですか?
目標を期限までに達成できるか否か、いかに早く達成できるか否かは、幸福度に大した影響は与えません。それよりも、期限を設けることで発生する焦燥感などによる幸福度の減少によるデメリットの方が大きい気がします。
期限を設けず、その過程の幸福度の減少を抑えたほうが、全体の幸福度が上がります。
そのためのひとつの方法が「夢に日付を入れるな」です。
目標に期限を設けることは期限までの目標達成のために非常に有効な方法です。
期限によって、取るべき行動策が変わったり、行動策の具体性が増すからです。
しかし、「達成できたらうれしいな」程度のプライベートの目標に「今年」という期限を設けると、それが重荷になり、幸福度が失われる危険性があります。
もう「今年」の目標なんて立てるのはやめましょう。夢や目標に期限を設けるのはやめましょう。
夢に日付を入れなければ、一生、夢破れることはなく、夢の中を生き続けることができるのですから。
それでは、良いタスク管理を!
こんにちは、さいんぽすとのイチ(@kumacharo115)です。
前回の連載では、自分の「好き」を指針にして進むことを提案しました。
【参考】自分の「好き」を羅針盤にして人生を楽しくしていこう! | アシタノレシピ
今までとは違う新しい行動をするようになると、うまくいくこともあれば、逆にうまくいかなかいこともあります。
それはチャレンジできている証拠あり、貴重な経験を得られているので望ましいことです。
ただ、それを運が良かった悪かったで済ませてしまうのは、非常にもったいない。
成功するにしても失敗するにしても、そこには何かしらの要因があるはずなのです。
そこを深掘りしておけば、次に同じような機会が訪れたとき、成功する確率をぐっと高めることができます。
今回は、今日の経験を明日の自分に手渡していく方法を紹介します。
せっかくの貴重な経験を無駄にせず活かすためには、どんな経験だったのかを記録しておくことが大切。
「記憶」ではなく「記録」です。
記憶は、忘れたり改ざんされることがあるから、頭以外の場所に記録するのです。
「初速思考 30代で一気に突き抜ける人の集中戦略」という本では、次のような方法を紹介しています。
今日一日を振り返って、うまくいった体験を1つ、1行だけで書き出します。
書くときのポイントとしては、経験した事実を次の行動につながるような言葉で記録することです。
たとえば、「今日はブログがいい感じで書けた」という記録では、次の行動につながりませんが、「起きてすぐブログを書くと、文章がスラスラ出てきた」という記録であれば、「じゃあ明日も朝一でブログを書いてみよう」という次の行動につながります。
この次の行動も一行で合わせて書きておきましょう。
本書では、失敗体験よりも成功体験を記録することをすすめています。
というのも、苦手なことにフォーカスするよりも、モチベーションを維持しやすいし、得意なことに磨きをかける方が、より大きな結果にアプローチできるからです。
とはいえ、失敗から学ぶことも多いので、同じミスをしないためにも失敗の記録も必要でしょう。
また、成功体験といっても立派なものでなくてもかまいません。「こんな工夫をしたら作業時間が短くなった」というような小さなことでいいのです。
日常的に変化を起こす生活をしていれば、何かしら小さな成功体験があるはずです。
【参考】同じことを繰り返すだけの毎日を終わらせる!人生に変化を起こすために必要なこと | アシタノレシピ
記録した成功体験を集めてリストを作ります。本書では、このリストを「アクションリスト」と呼んでいます。
アクションリストでは、記録を時系列で並べるのではなく、テーマ別に分類していきます。
テーマ別に分類しておくことで、これから取り掛かる作業の成功体験を一覧できるのです。
このリストが成長していくと、自分だけの成功法則が積み上がっていくので、記録を残していない場合に比べて、迷いがなくスピードが早くなり、なおかつ成功する可能性も高くなります。どこかの誰かの成功法則ではなく、自分から生まれたものなので、効果が大きいのです。
今日の経験を明日に引き継いでいくので、今日より明日、明日より明後日、と成長していきます。
毎日やることが成長の速度を上げるポイントで、これが一週間に一回、一ヶ月に一回になると、成長が緩やかになってしまいます。
私の場合、毎日日記をつけているので、そこから経験を抜き出すようにしています。
【参考】今まで日記を挫折してきた人でも続けられる!EvernoteとiPhoneで日記を書く方法 | さいんぽすと
うまくいった経験をEvernoteに保存したり、うまくいってないことの改善案を考えてタスクを作ったり。
すでに日記を書いている人は、今書いている内容に加えて、成功体験を蓄積することを意識するといいでしょう。
日記を書いていない人は、前述のように、成功体験を1つだけ書き出すことを目標にしましょう。それなら、日記を書くよりずっとハードルが低くなります。
この本が「初速思考」というタイトルだからといって、「早く成長しなければ」と焦る必要はありません。
毎日淡々と経験を記録し、今日の自分から明日の自分にバトンを引き継いでいけばいいだけです。
その積み重ねが、1年後には想像以上に大きな変化になっていることでしょう。
「うちの子、絵が上手でないんです」
「胴体から直接手がでていて、悩んでいます」
12月になって急に寒くなりましたね。知的生活ネットワークのLyustyleです。
今回は、30年以上にわたって携わっている子どもの絵についてのお話です。
この連載でカバーしているのは、年長さんから小学校6年生くらいまでのお子さんのことですが、この年代のお子さんの絵についてはひとことで語ることはできません。
なぜなら、6年生くらいの子どもの「絵」と幼児期の子どもにおける「絵」はまったく別物だからです。幼児期の子どもの絵は大人が思う「絵」とは違うものです。
そこで今回は、幼稚園~入学時くらいまでの子どもの絵にしぼってお話ししたいと思います。
大人は、飾っておけるような完成された、形と色で構成された価値あるもの、というように思うのですが、幼児期のお子さんにとっての絵は、砂場での砂遊びと同じことです。
砂場で穴を掘ったりお山を作ったり、そのお山にトンネルを掘ったり、上から水を流してみたりすることと同じく、幼児にとっての絵は、遊び場を紙に変えただけです。
そこでは、子ども達は、パスやクレヨン、鉛筆などをスコップやお水のかわりにして、「ざくざくざく・・・」とか「ごごごご」とかそんなことをつぶやきながら紙に線や形をかきなぐっていきます。
何が描けようと、描いたものがなんであろうとおかまいなし。平気で上から塗りつぶしたり、大人がたまげるような色で塗ったり、せっかくかいたものの上から重ねがきをしたりします。
砂場で山作ってこわして遊んでいるのといっしょでしょ?
子どもは無心に紙という砂場で遊んでいるだけなのです。
それを、大人は絵だと勘違いしてしまう。
これが一点です。
次に、子どもにも「絵を描こう」という意識はあります。
「お父さん描いた」とか「これはお母さん、これは私、これは・・・犬(あれ・・・?ぼくはかかれてない・・・by 父親)」などと説明しに来ることがあります。描いたものを媒介としてコミュニケーションをとろうとしています。描いたものを誰かに伝えたい、というのですから作品としての「絵」という意識を持っています。
しかし、持ってきたのは、びっくりするような怪物。歯がむきだしになっていて、三白眼、顔から直接手が生えているおばけみたいなものです。それを「これ、お父さん」などと言って持ってこられた日にはどうしたらいいのかと頭を悩ませてしまうかもしれませんね。
子どもが絵と思っているものと、大人が絵と思っているものとは大きくちがうということです。
これが二点目です。
子どもが無心に砂場で遊んでいる時に、「君が作っているのは、とてもお山と言えるものではないよ」などと言う人がいないのに、紙にお花をかいているのをみて、「ちがうちがう、お花ってこうかくのよ」なんて言っている方はいませんか?
子どもはお花の描き方をおしえてほしいなんてこれっぽっちも思っていないのに。
それよりも「ああ、きれいなお花さんねぇ。」と言って一緒に遊んで欲しいのに、上手な絵をかける子にしなくちゃ、とばかりに描き方を教えてしまいます。
親が教えなくても、お兄ちゃん、お姉ちゃんが親切に教えてくれます。となりの兄ちゃんとかいとこの姉ちゃんも実に親切です。保育園、幼稚園でも懇切丁寧にライオンさんの描き方などを教えてくれるところがあります。
教えてもらってうれしいならいいのでしょうが、そのうれしさも時には、「お日さまは赤」など、記号としてのその文化共通の表現を手に入れたうれしさにすりかえられてしまい、表現の喜びという大事な成長の形が失われてしまうことがあります。
海外日本人学校に勤めていたとき、1年生が描いた絵に黄色いお日様が描かれていました。その子は現地の幼稚園から上がってきた子です。
その国の子は太陽を黄色に描きます。目の色素の関係などで黄色に感じるのだそうですが、彼らの国の文化としての記号なのかもしれません。
現地の幼稚園に通ったその子は、お日様を黄色に描くという文化の中で育ち、その記号を獲得しました。
他の子ども達は、日本からやってきました。ついこの間まで日本の幼稚園に通っていた子ども達です。
その子たちは、赤い太陽を描いていました。太陽は赤、という文化の中で育ったからです。
太陽を赤く描いていた子どもが、しばらく現地で暮らしているうちに黄色く描くようになることがあります。
その文化での共通記号を獲得したからですが、それを「大変、うちの子が太陽を黄色く描いた!」と慌て騒ぐことではありません。
赤く描こうが黄色く描こうが、いいのです。
描きたいように描いて、「ああ、できたー」と思って、お父さんやお母さんに「晴れてたんだねー」と言ってもらえさえすれば、この子は発達していくのです。
うちの子は3歳の頃、「この前遊びに来たおねえちゃん」と言って頭を三角にかき、その真ん中に目玉をかいていました。

「あのなあ、おまえ。あたまは丸だよ。三角じゃないんですよ」なんて野暮なことはいいません。
「三角だねぇ」といってあげたらいいのです。
そうしたら息子はちゃんと理由を言っていました
。「寒かったからフードをかぶってるの」
なるほど。だから三角か。
また、ある日、下の息子が雪合戦をした自分を描いてきました。その頭の中にぐるぐるとうずまきがあります。
「へんなものがかいてあるぞ」なんて野暮なことはいいません。
またもや「ぐるぐるがあるね~」と言ってあげます。するとちゃんと理由を言います。
「雪を持ったら冷たくて頭がきーんときた」といいました。
なるほど、だからぐるぐるを描いたのか。
自分で獲得した表現の方法なんだな。それがわかるなんて、なんてすてきなコミュニケーションでしょうか。
「ぐるぐるがあるね~」という承認だけで、子どもは感じたことを吐露してくれるのです。
「あたまは丸よ」
「へんなものかくんじゃないの!」といってより立派な絵をかかせようとするのと、どちらが子どもの成長にとってよいものかどうか、よくわかっていただけると思います。
子どもはいかにも絵を描いているようにしながら、砂場で遊んでいるのです。そのなかで、心や技を獲得しているのです。
いっしょにあそんであげましょう。
上でもふれたのですが、子どもは絵という意識もなく、コミュニケーションの手段として描いている場合があります。また、絵と思っている場合もあります。
どちらも大人が思っている絵とは随分違います。
私が3歳ほどの時のこと、私は父の絵を描いたことがあります。よく覚えているのです。
すごく厳しい父だったのですが、大好きでした。
ある日,たまたま私が起きている時間に帰っていたのでしょう。父がいるのがうれしくてその絵を描いたのです。
私はとてもよくできた、父とうりふたつだ!と思いました。それも覚えています。
うれしくてその絵を父に見せました。
そうしたら、家でもあまり笑わない父がにっこりと優しくわらって「ほお!お父さんにそっくりだ!」と言いました。
うれしくてたまらず、私は紙をもらってたくさんいろんな絵を描いては父に見せました。
その後、いつも広告の裏をもらっては何か描いている私を思い出します。今にもつながっているラクガキです。
ところがある日、がくぜんとすることがおこりました。
私の結婚式の前日、親戚の叔父叔母が家に泊まりに来た際、父が箱から私の小さな時の写真をだしてみんなに見せていたのです。
その父が一枚の写真をとりあげて「ああ、これはおまえが小さいときに私の絵を描いてくれたときの写真だ」といいました。
どうやら、あのあと、父は私と写真を撮ってくれていたらしいのです。
「へえ。どんな絵をかいてたんだろう。うまくできたからなあ」と思いながら興味津々でその写真を見たとき、どかーんと頭を木槌でなぐられたような気がしました。
にこにこと笑う父の横で、得意そうに大事そうに私が抱えている一枚の絵。その絵には、妖怪の「ぬっぺっぽう」のようなものがかかれていたのです。
丸にめだまとくちを描いて、そのまるから直接手足が出ている絵です。首も胴体もありません。
私はたしかによくできた、と思っていたのです。
しかし大人になった自分が見ているのは、お父さんとは似ても似つかないお化け。
私は驚愕しましたが、同時に感動しました。
実はすでにその頃には幼児の表現についての研究を始めていましたので、このような様式の絵については十分わかっていたのです。
これは、世界中の子どもが,3さいころになるとだれからもおしえられることなく獲得する表現の様式で、「頭足人」と呼ばれているものです。
お子さんがこの絵を描いたら、それは自ら獲得した能力ですから大喜びしてもいいくらいのことです。
それを、ちゃんと自分も描いていた。
自分もそこを通ってきたのだ。そういう感動でした。
そして、それを写真という形で残してくれた父に感謝すると同時に、本当にある一言をよく言わないでくれた、という奇跡にも似たことへの感謝でした。その言葉とは
「なんね。これ。首も胴体もないやないね」
おそらくそのように言われていたら、その後、絵を描くことをやめていたかもしれません。勇気をくじかれた私は、紙と鉛筆をもつことさえいやになったかも・・・
絵を描くことどころか、いろんなことにびくびくする自信のない子に育っていったかも・・・。
父がそのような発達に基づく幼児の絵の様式のことを知っていたのかどうかはわかりません。
おそらく知らなかったでしょう。
しかし父にあったのは、成長しようとしている私へのあたたかいまなざしと、それを受け止めて喜び、いっしょに歩もうとする愛情であったのです。
先に書いた、私の二人の息子へのわたしの承認の声かけは、父から譲られたものでした。
子どもが「お花描いた」といってもってきたら、「お花描いたね~。はなびらがあるねえ」とそのまんま受け入れて承認してあげてください。
それが子どもの成長に向けての大事な肥料になります。
してはいけないのは、「なんねこれ。人になっとらんやないね」という否定の言葉をかけること。
しないでほしいのは,たのまれてもいないのにしてしまう「チューリップはこうかくのよ」「これが雲の描き方」などの無用のアドバイス。
よく「母の絵コンクール」とか「おじいちゃんおばあちゃんの絵コンクール」「動物の絵コンクール」など、さまざまなコンクールへの募集を目にします。
私も審査をお願いされることがあります。
審査をするときに気をつけているのは、うまいとかへたとかそのようなことではなく、「どんな気持ちでこの線を描いたのかな」「どんな思いがこもっているのかな」ということに思いを馳せることです。
いくら技術的に上手で、写真をそのままトレースしたかのような高い技術で描かれた絵でも、そこにどんな思いが込められているだろうか、誠実に描かれているだろうか、という声を聞こうとします。
写真のようなおじいちゃんやおばあちゃんが描けることだけがいいのではなく、つたなくてもおじいちゃんのほっぺたのちくちくする痛いひげが200本ほども一本一本大事に描かれている絵もいいのです。
つい見とれてしまうよさがあります。伝わってくるのです。「おじいちゃんが好きなんだなあ」って。
お母さんがお皿洗いをする後ろ姿の絵をなんらかのきっかけでひょいとうらがえしたら、そこにはお母さんの顔やエプロンに当たる部分に顔やエプロンの模様がかかれていた、などという話を聞くと、この子がこの絵をどれほど大事に描いたかが伝わってきます。
絵を描くというのはそういうもので、「こんなもの、こんなことを描きたい」という思いで描くことを積み重ねることで、学びに主体的に取り組める子どもが育っていくのです。
入賞した絵がずらっと貼られた中を見て回ると、家族みんな、時にはおじいちゃんおばあちゃんまで総出でお見えになっている家族があります。
その中で時々「なんでこんなへたくそな絵が入賞したんだろう」とか、「君の絵はなんだかわからないけど、うまいとおもわれたんだろうね。絵ってのは深いね」などの会話が聞かれることがあります。
少々残念です。「うまいから」「じょうずだから」選んだのではなく、描きたい!という思いを丁寧に誠実に表した作品だから選ばれたのです。
画家の卵の発掘、希有な才能の発掘を目的としたコンクールも中にはあります。
そのようなコンクールでは、技術の高さ、いかに上手に描けているかということが審査の基準になるでしょう。
私などの教育関係者が審査するコンクールでは、賞状は、上手さ、うまさに対して送られるのではなく、誠実さ、思いの豊かさ、主体的に描けたことなどに対して贈られます。
情操を豊かにするというのが、図画工作科の教科の目標だからです。
だから、子どもの絵がうまい、へたなどといって困ることはありません。
いっしょになって遊び、共感し、寄り添ってあげて下さい。
たくさん承認され、勇気づけられた子は、たくさん絵を描くようになるでしょう。そして、「上手」という技にかんすることもいつの間にか身につけていきます。
今回は,専門にしている分野だけあって,流れるように言葉が出てきました。
世の中の子どもたちが幸せなお絵かきライフを送れますように。
それではまた,2週間後に!
みなさんこんにちは、うさぼう(@usabo_tweet)です。
今日はプロジェクト計画の要であるスケジュール作成のコツを、度々発生しがちな「計画の不整合あるある」とその対策と併せて紹介します。(あぁ、早く言いたい!)
以前記事「外資系コンサルタントが実践するプロジェクト管理10のコツ!! 」で紹介した10のコツの3つ目にあたります。
- なぜプロジェクトをやるか (統合)
- なにをつくるか (スコープ)
- どうやってつくるか (タイム) ←コレです
- いくらかかるか (コスト)
- できているか (品質)
- だれがやるか (人的資源)
- どうやってはなすか (コミュニケーション)
- もしものときどうするか (リスク)
- どこから手に入れるか (調達)
- それぞれのおもわく (ステークホルダー)
まずは、3つ目のコツをおさらいしておきましょう。
2つ目のコツ「なにをつくるか」で書き出した明細の一つ一つを作るためのタスクを書き出します。
何をインプットに何をつくるのか、かかる時間はどれくらいか、必要な人(スキル)や道具は何かを書き出します。
そのうえで、つくる順番にタスクを並べてスケジュールを組み立てます。
ここで重要なのは、かかる時間の見積もりです。どんなにいつ終わるかが気になったり、早く終える必要があったとしても、個々のタスクを実行するのに必要な時間や人(スキル)、道具を明確にしないと後で後悔することが多いです。
プロジェクトマネジメント知識体系ガイドであるPMBOKでは、計画プロセスの中にタイム・マネジメントというものがあります。そこでは以下の5つがプロセスとして定義されています。
アクティビティ定義ではプロジェクトを完了させるのに必要なタスクを洗い出します。アクティビティ順序設定で、洗い出したタスクの実施順を決めます。アクティビティ資源見積りは、タスク実行に必要な材料、人員、機器などを洗い出します。
アクティビティ所要期間見積りでは、タスクを完了させるのに必要な時間を見積もります。スケジュール作成では、順序、資源、所要期間を考慮しながらスケジュールを作成します。
できあがった計画に沿って進めていると、以下のような問題が発生することがよくあります。いわゆる「計画の不整合あるある」ですね。
誰も好きでタスクを漏らす人はいません。しかし計画する人が全てを把握しているわけでもなければ、十分な時間がない中で計画せざるをえないこともあります。漏らした責任は計画に関わった全員にあるでしょう。見つけた人も、鬼の首取ったように言うのではなく、さらりと計画に反映できるとよいですね。
タスクに割り当てる時間を増やしたい人と減らしたい人がいます。増やしたい人はタスクの実施者や実施者をまとめるチームリーダーです。逆に減らしたい人は、お金を払うスポンサーや納期を意識するプロジェクトマネージャです。価格交渉や予算枠との整合を経た段階で、個々のタスクに時間が割り当たっているか検証したいですね。
十分に時間が割り当たっていないことの極端な例ですが、同じ日に別の場所で予定が入っていたりすることがあります。で、同じ担当者がアサインされている。他の人じゃできないの?という疑問が湧いてきますが、他の人でできるほど簡単に解決しないことが多い気がします。
プロジェクトの種類によって解決する方法は変わってきます。PMBOK的には5つのプロセスをバランスよく実行することが解決策になりそうですが、あえて一つに絞るなら工数を確保できてるかに目を配り続けることを推します。あえて工数と言葉を変えたのは理由があります。
アサインできる資源(人)の生産性によって所要期間は変わります。頭数だけ揃えても意味がないし、いくら生産性の高い優秀な人を抱えていても数が不足していては期間を縮めることはできません。生産性には人のやる気も関わってきます。
工数の妥当性は過去の実績から類推するしかありません。係数を使ったり、最頻値・楽観値・悲観値の加重平均したりは手法の違いであって、過去の実績を組み合わせて妥当と思える工数をはじき出すしか手はないのです。
次に計画する時のためにこそ、今の実績記録が大事になってきます。とはいえ記録もいつでも完璧にとれるわけではないので、今ある記録を最大限活かしながらその時点のベストな計画を立てることにはなります。記憶に頼るよりは部分的にでも記録に頼りながら組み立てることを強くお勧めします。
ではまた2週間後にお会いできれば幸いです。

こんにちは、ベック(@beck1240)です。
公私共にバタバタしている内に12月になってしまいました。
通常の連載に戻る前に、9月度、10月度、11月度の月刊アシタノレシピを先にまとめておこうと思います。まずは9月度から粛々と更新していきますよ。
まずは「月イチテーマ」のコーナーからッ!
8月からの新しい試みとして、毎月共通のお題を設定して皆で書いてみるという「月イチテーマ」の企画をはじめました。
9月の月イチテーマ「秋の夜長にお奨めしたい5冊」には計6記事がエントリーされ、人生の節目に出会った本、子育てをもっと楽しむ為の本、趣味全開の本(図鑑いいですね!)、お金のリテラシを高める本、そして知的生活の必携書などなど・・・かなり興味深いブックリストが並びました。
ちなみにですが、僕自身、実際ここで紹介されていた本の中から特に気になる5,6冊を購入してしまいました。いやー、ホントは全部欲しかった(笑)
みやさんの人生の節目に出会った(或いは人生の転機となった)大切な本を、丁寧に紹介して下さっています。「ぱっかーん奮闘記」もそうやけど、こうやって自分の内面を人に見せられる勇気(つとめてそうしている、というのは理解した上で敢えて勇気と表現)、変るぞって熱量は本当に凄い。
是非、本記事もあわせて「ぱっかーん奮闘記」も読んで見て下さい。グッときた後、ブワッと「よっしゃ、俺も頑張ろう」って思える様になりますよ!
実はこの記事、みやさんの記事にインスパイアされて書いてます。
僕はあんまりスピリチュアル好きじゃないんですが、巡り合わせみたいなものは確かにあると思っています。
人生の中で何度となく訪れた苦境の中で、その時に必ず突破口となる人との出会いや、本との出会いがあるわけです。実際は出口を目指して諦めずにもがいている内に、出会うってことなんだと思いますが。
僕が紹介した本は他の人にとっては取るに足らない本かもしれませんし、どれも有名な本なので「なんや、意外性ゼロやん」って想われるかも知れませんが、僕の人生の中では欠くことのできない存在であるわけです。
この記事を読んで1人でも「この本に出会えて良かった」と想って貰える人がいてくれたら、これに勝る幸せはありませぬ。(むしろ、一緒に本を肴に語り合いたい!!)
三児の父であるイチさんオススメの育児本とあれば、気にならないわけがない!!
アシタノレシピで言えば、Lyustyleさんの「目からウロコの子育てレシピ」シリーズは、本当に毎回毎回学ぶところが大なわけで、やはり事前に知識を仕入れて、自分なりの育児方針は持っておいた方が良いと思います。
実際は本を読みながら対応できないので、その場その場で反応的に対応してしまうことになるわけですが、自分なりに反応の選択ができる程度に考えが整理しておくことは重要ですな。
ぱすもさんはいつも僕の大好物な本を紹介してくれるので、ポチり率が高いので困ります(笑)
「読んだら忘れない読書術」は元々読んでいたのですが、「遅読家のための読書術」は気になっていたけどスルーしていたため、この記事を読んで購入を決意しました。
後は「手帳という武器をカバンにしのばせよう」ですね。これも速攻購入。ウィークリーバーチカル主体の本なので、僕みたいなデイリーリフィルタイプの手帳を使ってる人からすると「ほー、ウィークリーだけの人はこうやってるのか」などと、興味深い内容満載でした。
後図鑑!図鑑いいよねぇ。僕も子供の頃宇宙の図鑑をずっと眺めて想いを巡らせていたなぁって思い出しました。子供がもうちょい大きくなったら、興味がありそうなものの図鑑は積極的に買ってあげようと思います。
何気にはぎ兄さんのお金に関する記事はいっつも参考にさせていただいております。
いや、マネーリテラシーって学校じゃ教えてくれないから、本とかから大人になって学ぶしかないんですが、世の中には「怪しい本」とか一杯有るわけです。「それって、要するに自分の会社の投資やらせたいだけやろ」みたいなクソみたいな本を今まで何冊掴んできたことか。
新築マンション投資の営業電話はこの世から滅せよ!!
・・おっと、感情的になってしまいました。失礼。
実際、大手銀行の営業とかが進めてくるからって、信用して良いわけじゃなくて、結局その人達も「ノルマ」を達成するために「自分が儲かる商品」を売ってきてるわけで、決して「僕らの人生」を考えて提案してきているわけじゃない。銀行でそれなんだから、僕らはちゃんとしたマネーリテラシを身に付けて、自分の財産を守っていかないといけないわけです。
ということで、はぎ兄さんがこうやってお奨め本を教えてくれたり、ブログ記事を書いてくれるのって本当に助かります。ありがとうございます!今度広島で相談乗って下さいw
ちなみに、記事中に紹介されている「お金の授業」という本を書いた山崎元さんの別の著書で、以下の本もかなり「正直」な本なので、コレ一冊読んでおくだけでも、あなたの財産を狙う銀行とか生保とか証券会社とかとの付き合い方が分かりますよ。
Lyustyleさんはアシタノレシピでは「目からウロコの子育てレシピ」シリーズを書いて下さっているので、ついつい学校の先生&子育てのエキスパートって印象を持ってしまいますよね。
でもでも、Lyustyleさんのブログは「知的生活ネットワーク」っていうぐらいで、もうバリバリの知的生活クラスタな訳です。知的生活と言えば、渡部昇一、そしてハマトンですな。
2016年9月の1ヶ月間でアクセス数の多かった記事をランキング形式でお届け!
8月・9月の更新記事は赤字で記載しています。
(※先月から計測期間を2ヶ月→1ヶ月、新着扱いを2ヶ月にルール変更しました。計測期間が長くなると過去記事に有利に働くため。)
ということで、今回、新着記事からは以下の9記事がランクイン。
イチさん、ぞえさんの9月度新加入メンバーの記事が堂々のランクイン。毎回新着1位をかっさらっていくぱすもさんの勢いも健在です。
まだ読んでいない方は、是非チェックしてみて下さい!
一つ言えることは「マンガのクオリティ高杉!!」ってこと。
よっしーさんの記事の影響で瞑想はじめました。
この記事の様に「こちらの記事が参照になります」ってぐらい、サラッと紹介して貰える様な記事をこれからも書いていけたらなぁと思う所存。(この記事の参照先はさをんさんの記事ですが)
お悩み/リクエストのコーナーは、アシタノをお読み頂いている読者の皆様から「お悩み/リクエスト」をお寄せ頂き、それに対してアシタノメンバーがアンサー記事を書くという企画です。
毎月継続的にこの「月刊アシタノ」で「お悩み/リクエスト」の募集と、頂いた内容に対する回答状況などを掲載していきます。
読書、コミュニケーション、知的生産、子育て、お金、瞑想、コミュニケーション、メモなどなど、現在の連載テーマに沿った物でも結構ですし、これらとは全然関係ない仕事やプライベートの悩み、或いは「こんな記事を読んでみたい!」といったご興味でも結構です。
以下のいずれかの方法で、お悩み/リクエストをお寄せ下さい!
皆様からのお悩み・リクエストお待ちしております!
クリエティブな人のノート術は、一般の人には役立たないのか?
先月私が読んだ本の一つに『超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方』という本があります。これはインターネットコンテンツやスマートフォンのアプリを作る仕事、つまりクリエイティブな仕事をしている「佐藤ねじ」さんという方が書いた本です。
【参考記事】あとから見返すのが楽しい自分専用のアイデア帳が作れるようになる!『超ノート術』著者:佐藤ねじ | ライフリフォーマー
この本に書かれているアイデア帳『1軍ノート』の作り方が、私が日々書いているメモを活かす方法として最適だと思ったので、最近になって『1軍ノート』というのを書き始めました。
私はブログの記事になるネタを『1軍ノート』で管理しようと思ったのですが、どうもブログネタのためだけに使うのは違うのではないか?と思ったのです。
この『1軍ノート』の作り方は、もっと色んなことに使える気がするので検証しようと考えました。
こんにちは。みや(@cottonweed1023)です。
今回はタイトル通り、休憩時間にジャグリングしてみたら意外と楽しかった話をしたいと思います。
ジャグリングとは、大道芸人さんがよくやっているアレです(どれだ)。Wikipediaによると、
ジャグリング(Juggling)とは、狭義ではトスジャグリング、複数の物を空中に投げたり取ったりを繰り返し、常に1つ以上の物が浮いている状態を維持し続ける技術を指している。
ということだそうです。ご存知ない方はYouTubeで動画を検索してみてください。
それはさておき「何で休憩時間にジャグリングしようと思ったんだよ」って話ですが、きっかけは今年の5月に参加したマインドマップの一日講座でした。
聞くところによると、マインドマップのインストラクター養成コースでは受講者全員が3つのジャグリングボールをもらって、講座の合間の休憩中にみんなでジャグリングに取り組むのだそうです。
その理由に関しては、以下の記事にわかりやすくまとめられていました。
で、わたしが参加したマインドマップ講座でもボールが用意されていたのでジャグリングに挑戦してみたのですが、もちろん素人が一発で出来るわけもなくあえなく撃沈。
それが思いのほか悔しかったのと、今年の3月で仕事を辞めて自宅にいるから人目を気にしなくていいということもあり、休憩時間にこっそりジャグリングを練習するようになったのです。
実際に休憩時間にジャグリングをやってみると、これが意外と楽しかったんですよね。
やる前はジャグリングなんて自分には無理じゃないかと思っていましたが、基礎練習を積み重ねれば案外短期間で数回くらいは出来るようになりました。
適度に体が動かせて、身体的にも精神的にもなんだかスッキリするのも嬉しいところ。作業に煮詰まっているときでもジャグリングをしているうちに自然と気持ちが切り替わるので、本当に良い気分転換になります。
初めて10回続けられたときなんかはめちゃくちゃテンションが上がって、その後の作業もとても前向きに取り組めました。ちなみに今では20回くらい続けられるようになっています。
ご興味のある方はぜひトライしてみてください。結構意地になりますよ。
「ジャグリング 練習」と検索すれば、イラストや動画でジャグリングの練習方法をわかりやすく解説してくれている記事が見つかるはずです。
ちなみにわたしはボールではなく、100円ショップ(ダ○ソー)で購入した小さめのお手玉を使ってジャグリングしています。
みなさんもレッツ ジャグリング!
Photo credit: Ffîon via VisualHunt / CC BY-NC-ND