大切なモノが何かを気づかせてくれる嫌われ者のサンタクロースの話

人にはそれぞれ大切なモノがある。けれども得てしてそれは、とても近くて、とても当たり前にあるものだから、なかなか気が付けないものなんだ。

だから、ついついないがしろにしてしまったり、粗雑に扱ってしまったりして、ついには傷つけてしまうことだってある。

大人になればなるほど、大切なモノの存在が遠くなって、大切なモノはより大切になってくる。手放せないものになっているのにも関わらず、風が吹けば零れ落ちてしまいそうなほどギリギリの所にあったりするんだよね……。

いや、なんで急にこんな話をしたかというと、クリスマスが近くなってきたからさ。クリスマスに関する小話なんてどこででも耳にするものなんだけど、この前店に来た爺さんが話してた物語には興味を引かれてね。

それは、こんな話だったんだ――。

大切なモノが何かを教えてくれるサンタクロース

■サンタクロース

大きくはないけれど、小さくもない。ブランド物の店なんかは見ることもないけれど、大学やスーパーはある。ちょっと小綺麗にした喫茶店と、毎夜大衆がより集まれるバーだけは多く立ち並ぶ。そんな街でした。

石畳が似合うその街の、一番の大通りから一つ路地に入り、二度三度小道を抜けた所に、そのバーはありました。マスターの人柄が滲みでたような看板は、夜の街でも控えめな光で客を呼び寄せます。

カウンターの客は、妻との喧嘩の愚痴を晴らし終え、寝こけてからとうに二時間は経ちます。マスターがグラスについた僅かな埃を静かに拭いていたとき、冬の冷えた風と共にカランカランという音色が店内に滑りこんできました。

「いらっしゃい」

入ってきたのは、青年でした。齢い二十ぐらいのその青年は、赤い顔で幸せそうに寝こけている男を怪訝な顔で横目に見ながら、端っこから二番目のカウンターに腰を下ろしました。

「……キミ、酒は飲めるのかい?」

『20を超えてなくちゃ、酒は飲ませてもらえないんですかねぇ。』

「いやなに。初めてみる顔だったから聞いてみただけさ。……で、何を飲む?」

『ウイスキーをもらえますか?弱めのやつでいいです』



マスターは手の平大の氷の塊を取り出して、アイスピックで削り始めました。静かに流れるジャズの音色と氷の削れる音だけが店内の空気を揺らします。その沈黙に耐えられなくなった青年は、続けて言葉をかけました。

『この街はいいところですね。静けさの中にも活気があって、何より街の人はみんな幸せそうな顔をしてる』

青年は、ニヤニヤと笑みをこぼしながら寝息を立てている男にチラッと視線を向けました。

「街に来て間もないのかい」

『つい先日越してきたばかりなんです。やっと家の片付けやらが片付いてね』

「こんな小さな街じゃ、キミみたいな若い子を退屈するだろう」

『そうでもないですよ。何より親からの野暮ったい視線からやっと開放されて、気ままな一人暮らし。最高ですよ。

まぁ、確かに、騒いで遊べるような雰囲気の街じゃないですよね。クリスマスも間近だっていうのに、全然盛り上がってないし……』

少しいびつな球体の氷がグラスに入れられ、ウイスキーがゆっくりと注がれます。「おまちどう」という小さな声と同時に青年の前にグラスが置かれ、青年も『どうも』と軽い返事を交わします。

「キミは知らずにこの街に来たのか……。この街に、クリスマスを祝う習慣はないんだよ」

『そうなんですか。それは寂しいですね』

青年は受け取ったグラスをゆっくりと傾けます。

「……キミはいくつになる?」

『このウイスキーは取り上げないでくださいよー。今年で18になります』

「そうか。――今年、キミの所にサンタクロースが訪れるよ」

『へぇー。クリスマスは祝わないのにサンタは来るんですか。変な街ですね」

マスターは、拭き途中だったグラスを再び手に取り、手持ち無沙汰になった青年もカバン本を取り出し、グラスを傾けながら栞の挟んでいる箇所を指で探り始めました。

「変なのは、クリスマスを祝わない事じゃない。この街のサンタは、その人の一番大切なモノを一つ奪っていくんだ。プレゼントの代わりにね」

パラパラと本をめくる手が止まり、青年はマスターに視線を向けます。

『あんまり、面白くないですね』

「それがこの街の文化だからね。18歳のクリスマスには皆、大切なモノを一度失うのさ」

『変な習慣もあるもんだ。それなら当日は家中のカギをシッカリかけておかないとっすね』

青年は冷ややかに笑い、目的のページを見つけたので本を読み耽ることにしました。

その後マスターと青年の会話はなく、日付が変わろうかという頃合いに青年は店を後にしました。

■12月25日の夜

鈍い色の夕日が落ち、背を伸ばした影が街を覆う頃、路地裏の小さなバーの看板が光り始めます。マスターはいつものように、大判のレコードにゆっくりと針を落とし、聖なる夜にジャズの音色を響かせようとしていました。

その時、ゆっくりと店の扉が開き、あの青年がやってきました。

「いらっしゃい」

『……今日は……あの人は寝てないんですね…』

重い足を引きずりながら、端から二番目の席に腰を下ろします。

「何を飲むかね」

『ウイスキーをください。強めのやつで」

マスターは氷を手に取り、アイスピックで削り始めます。古ぼけたジャズの音色が時折途切れ、その瞬間の無音が空気に重くのしかかります。

「おまちどう」

グラスを受け取った青年は金色の水面を眺め、たまに氷を指で突いては転がしていました。そして、グラスが少し汗をかいてきた頃、青年は注がれたウイスキーを喉に流し込みます。

『マスターの言うとおりになったよ』

マスターは口を挟まず、ただただグラスを綺麗に磨いていました。それでも青年は言葉を続けます。

『今朝、兄貴から一通の手紙が届いてさ。親父とお袋が死んだって。……交通事故だってさ。酔っ払いの車が突っ込んだんだとさ。サンタが……俺んとこに来たみたいですわ…。なんで、こんなとこ来ちまったのかなぁ……』

マスターは手を止め、持っていたグラスを棚に戻します。そして、カウンター越しに青年の正面に座り、話しかけます。

「大切な人だったのかね」

『大切なんかじゃなかったっすよ。いつも俺のやることに口を挟んできて邪魔するばかりさ。口を開けば小言を言って、兄貴と比較しては嫌味を言うのさ。だからこんなクソつまんない田舎まで出てきたんだ』

「……今も、そう思うか?」

『分かんないっすよ。自分にとっては邪魔な存在だったし、こっちに越してからの生活は快適そのものだった。何の不自由もなくて、自分の人生をやっと歩けてる気がしてる。……でも……』

「でも……?」

『いや……。いくらなんでも、死ぬことないじゃないっすか。まだ何も返してないすよ。今まで育ててくれた “ありがとう” の気持ちだって全然伝えてない。会いたくないのに、会えなくなったら……苦しいんすよ…』

「ふむ……まぁ、いいだろう。……私がサンタについて言ったことを、覚えているか?」

『18歳のクリスマスに大切なモノを奪っていう話だろ。覚えてるよ、嫌ってほど』

「少し違うな。大切なモノを “一度” 奪っていくんだ。

この街では、昔から不思議なことが起こるのさ。18歳のクリスマスになると、大事なものが一個消える。唐突になくなるんだ。

本人が “大切” だと感じているかどうかは関係ない。どこで知られてしまうのか知らないが、その人にとって一番大事なモノが無くなるのさ。

だから、この街の人は皆、自分にとって大切なモノが何か知っている。大切なモノの価値がわかっているんだ。だから、キミが思ったように、みんな幸せでいられるんだろうね」

『でも、失ってしまってからでは遅いですよ』

「実はね。大切なモノが何か気づいた人には、その大切なモノを返してくれるのさ。さっき、手紙を受け取ったと言っていたね。それはきっとサンタからのプレゼントだ。実家のご両親に電話してみたかい?」

青年は急ぎ自分の両親に電話をかけました。すると「なんだ、こんな夜中に」と馴染みの、懐かしい声が聞こえてきて、それを聞いた青年はその場に膝から崩れ落ちては「ごめん。ありがとう」と泣きながら繰り返したのでした。

■あとがき

人生において、大切なモノを大切にするというのは、簡単なようで難しいことなんだ。だから、この一年の最後の時に、もう一度よく考えてみて欲しい。

自分にとって何が大切なのか。これが、一年を締めくくりとして、そして次の一年をスタートする時にもっとも重要な事になるだろうよ。

……そういうえば、青年は手紙を受け取ってすぐに両親に電話をしたが、電話には誰も出なかったと言っていたんだ。世の中には不思議なこともあるもんだね。




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